紅の豚といえば1992年に公開されたスタジオジブリ制作の大人向け人気長編アニメーションですね!
またこの作品は、主人公のポルコがなぜ豚になってしまったのかなど、様々な疑問が残るアニメとしても有名です。
その疑問の一つとしてよく挙げられるのが、エンディングに登場する豚の集団についてです!
今回は紅の豚のエンディングがなぜ豚だらけになってしまったのか考えてみました!
紅の豚における豚の役割とは?
紅の豚における豚の役割には複数の意味が込められている?
紅の豚の最大の謎と言えば、主人公のポルコがなぜ豚の姿になっているのかという疑問だと思います!
フィオも劇中で「ポルコはどうして豚になっちゃったの?」と聞いていますが、残念ながらその理由は劇中では明らかにされていません。
そのためファンの間でも豚になった意味や役割が盛んに考察されています。
そしてその考察の中でもエンディングの豚の集団に関係しそうな考察は、豚が飛行機への純粋な憧れを象徴しているというものです!
劇中では飛行機乗りが多数登場しますが、豚の姿をしているのは主人公のポルコだけです。
ポルコのライバルとして登場するカーチスは人間の姿ですし、他の飛行機乗りたちも人間の姿です。
ではポルコとそれ以外の飛行機乗りとの間の違いとは何でしょうか?
それは飛行機に乗る理由の違いだと思います!
例えばカーチスは飛行機に乗るのを将来のスターになるためと語っていますし、他の飛行機乗りも国や民族の為に戦うという目的で乗っています。
一方、ポルコはそのような目的で飛行機には乗っていません。
特に空軍に戻るよう説得されている時のポルコの下記の2つのセリフで、ポルコの考えが浮き彫りになっています。
「ファシストになるより豚の方がマシさ」
「俺は俺の稼ぎでしか飛ばねえよ」
他の飛行機乗りが目的のための手段として飛行機に乗っているのに対し、上記の返事からポルコは飛行機に乗ること自体が目的になっているのだと思います。
この対比から、飛行機に乗ることが目的になってしまうような、飛行機への純粋な憧れを持つ者だけが、豚の姿になるという考察は正しいと私は思います。
紅の豚のエンディングの豚の集団は何者?
エンディングが豚だらけになる理由は?
さて、ではここで当初の疑問であるエンディングの豚の集団について考えてみましょう。
飛行機への純粋な憧れを持つ者が豚の姿になるという考察が正しいと仮定すると、豚の集団の彼らは飛行機への純粋な憧れを持つ者の集団という事になります!
エンディングの豚の集団の写真がいつ撮影されたのかは不明ですが、もしそれが劇中よりも過去の時点で撮られたものであれば、かつての飛行機乗りたちは飛行機への純粋な憧れを持つ者が多かったということを意味しているのではないでしょうか?
この理由は仮説に仮説を重ねてしまっているので、一つの解釈でしかありませんが、そう考えると私個人としては納得感があります。
この記事を読んだあなたはいかがでしょうか?
まとめ
・劇中でのポルコと他の飛行機乗りを対比すると、飛行機への純粋な憧れを持つ者だけが豚の姿になれると推測される
・エンディングの豚の集団の写真が劇中よりも過去の写真であれば、かつての飛行機乗りたちは飛行機への純粋な憧れを持つ者が多かったことを示している
最後まで記事をご覧いただきありがとうございました!
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